「鶏を大幅に減らします」雑草園便り no.10 

 
 そろそろ引き際のようです。体力・気力がついていかない。鶏を養い、養われて36年、疲れました。
ただ、わずかでも生活費はいるし、鶏達を首にする気にもならない。最大三百羽のヒナを毎年入れていたのを、今年から百羽にしました。現在総数八百羽が1,2年後には五、六百羽、3,4年後には三、四百になるでしょう。
 今まで長い間私たちを支えて下さったかたがたには本当に申し訳ないのですが、早ければ今年中、遅くとも1,2年後には卵の減少に応じて、飯塚・桂川、田川・川崎方面の配達はやめて、嘉麻市だけに、それも3,4年後のこちらの状況しだいではどうなるかわかりません。
今回の大震災で絶望的なまでに生命の脆さ、かけがえのなさ、そして人間・この文明の愚と傲慢を思い知らされました。
私も61、父が死んだ年まで2年、もっとも自分がなすべき事をやりたい。土に生きること。大地に根付くこと。
 私たち現代人最大の過ちは巨大科学技術が産み出す新「文明の利器」をとにかく次から次へと消費することこそ「進歩」だと、「進歩」は絶対だと思い込んだことではないでしょうか。その一つの極みが原発でしょう。その裏の極みが巨大廃棄物処理場でしょう。次から次へと生産・消費するということは、次から次へと捨てることなのですから。
もう一つの絶対の「進歩」が土からコンクリートへ。そんなに日本人は嫌々ながら農業をやってたんでしょうかね。土・田舎が嫌いだったんですかねえ。とにかく都会文明がすべて、になってしまった。あげく輝きの大都会も生気を失ってしまった。自由が、混沌が、異物が、田舎が、土が、生命がなくなってしまったから。一切の「不快」を排除するコンクリートの「密室」になってしまったから。
 私たちはより多くのカネ・「豊かさ」、快・楽、クリーンをどこまでも追い求め、ひたすら大地から、生命から逃走した。そういったいわば死への欲望・文明の狂気が大地を、海を致命的なまでに毒してしまったのではないでしょうか。
わが雑草園に戻りましょう。放し飼い・平飼い養鶏はそれなりにやりがいのある仕事です。米ヌカ・オカラ・給食等の残り・耳パン・・・そしてこの日本ではなぜか一番の嫌われ物の雑草達に存分に可能性を発揮してもらい、おいしい卵をいただく。自給的農を営む際の現金収入には最適ですし、基本を忠実に守れば私にも、つまり誰にでもできる。極めようとすれば奥は深いようですが。
 それでもやはり輸入トウモロコシにしろ資料米にしろクズ米にしろ穀物は不可欠です。外から運び込んだ大量の穀物を卵に変える、いわば加工業なのです、養鶏とは。
 もう一度生き物の基点に返って、この地にふり注ぐ光、雨、空気、土、諸々の生き物達等のおりなす大地の営みに私も参加したい。四季折々の野菜・果物・木の子・薬草・ハーブ。主食としての芋類・麦・ソバ・アワ・キビ・・。大豆(味噌・醤油・豆腐・納豆・・)小豆・ゴマ・菜種・コンニャク・・。雑木林の世話、炭焼き・・・。雨水・太陽熱・メタンガスの利用、風力もしくは太陽光発電・・・。木陰に夏用のすみかを作るなどなど・・・。この生命の循環の中に養鶏も入れば最高なのですが。数十羽が理想的、せいぜい二、三百でしょうか。
 といってわが雑草園を閉じた自給自足空間にする気はまったくありません。ただ私は大地に遊びたいだけなのです。
 いつでも休みにいらしてください。野菜や卵はあるかどうかわかりませんし、私たちも土いじりや昼寝でお相手できるかもわかりませんが、生き生きとした緑とやわらかな土、澄んだ空気と静けさとゆったりと流れる時間はあります。
 ただこの1,2年前から近くの産業廃棄物処分場の約10倍拡張の話が持ち上がっています。この処分場の数百メートル下方に山田の浄水場の小夜水源地があり、またこの処分場の地下には旧炭鉱の坑道が網の目のように走っています。水道水・地下水・遠賀川等の河川、その流域の田畑などの汚染が非常に危惧されます。
 本当に私たちはあの水俣病から悲しいほどに何も学ばなかったんですね。水に流しても、山奥に捨てクサいものにふたをしても、毒は深く重く蓄積されていくのです。何代にもわたって、人間だけではなく諸々の生物達の生命の芯を侵食していくのです。私たちは福島原発のことも水に流すのでしょうか。
 今、熊ヶ畑を先頭に多くの住民・広範囲の市民による強力な反対運動が進められています。私の方は1日1日生きるのに青息吐息で、ずっとおくれてついていくのがやっとなのですが。
 もちろん相手も強力です。どうか皆さん、ほんの頭の片すみでも嘉麻市熊ヶ畑の産廃場のことを思ってください。これ以上山々が破壊されないよう、生命の水が汚されないよう祈ってください。離れていても、スピードや歩き方はちがっていても、どうか破滅ではなく再生に向けて、私達と共に歩んでください。
 
 この重っくるしい夏の真っ盛り、一ヶ月ほど風邪に浸っていました。今ようやく抜け出せそうで、ぐったりと野原に横たわって、かすかに冷気を含んだ風に吹かれています。
 氷山のような雲を見て、急に子どもの頃西鉄高宮駅前の小さな回転焼き屋さんで食べた氷金時が食べたくなりました。      201181
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