第3回 春の逝きぬ 上

やまのくらし  第3回 「春の逝きぬ 上 」 1996年 6・7月原稿

晩霜が山全体をぶ厚く覆った早朝、桜の花びらはまるで雪のようで、吹雪と花吹雪とが交錯し、渦を巻くようにして、私の頭の中を吹き抜けてゆく。その空の世界は、日の出とともにかき消え、花々はけだるく揺れ、一面の若草はしっとりと輝く。

落葉樹はまだ緑を吹き出していない。家の裏の段々畑と栗山を登りつめると雑木林に入る。その冷んやりと暗い林の中を南へ7・8分歩くと、右前方の木立の間から、むき出しになった赤茶色の地肌、スレートぶきの建物、パワーシャベル等が見える。さらに先には、連日大型ダンプで運ばれてくる土石、コンクリート片、廃材等が積まれている。産業廃棄物処分場である。

私は足を止め、深々と山の冷気を吸い込み目を閉じた。かつてそこは私達の最良の散歩コースだった。私のまぶたの奥に、一面の緑の海を疾走する2匹の姿が、鮮やかによみがえってきた。

彼等がやってきたのは、初春の夕ぐれ時だった。がらんと茶色に枯れた山の中を、冴えわたった冷気がつき抜けていく。軽トラックの荷台に佇む2匹を抱きかかえて山小屋に入れた。

雄犬はバックと言った。フサフサと黄金色の毛に包まれ、足は白く細い。利口そうな、何かしら落ち着きのない目をしている。雌犬の名はペリー、黒と白と茶に包まれ、穏やかな澄んだ眼差しだ。

土間のテーブルで食事をしていた妻と3人の子供達は、この新しい家族を、にぎやかに迎えた。あんがいすんなりと、彼等は私達の、山小屋にとけこんでくれた。夜も更けて、彼等は土間のすみのソファーに何気なく飛び乗り、寄り添って横たわった。今さら彼等を追い払う訳にもいかない。以来、そこが彼等専用の寝床となった。

それから1週間ほどが過ぎて、私達の山歩きが始まった。バック、ペリー、野枝(8才)、玄一(5才)、それに私の総勢2匹と3人は、毎朝、栗山を登り、雑木林に向かった。クヌギ、ハゼ、カキ等の落葉樹の新芽も、雑草達の新緑も、ほとんど顔を見せていない。

ある朝、私達は雑木林を尾根伝いに南へと向かった。松の木の残骸があちこちに横たわり、くねくねと折れ曲がったクワの木が、ちらほらと見える。バックとペリーは時折、林の奥に姿を消した。子供達は先を争って走っていく。

やがて私達は常緑樹のうっそうとした茂みに入った。ろくに道などない。ようやくそこを出ると、あたりには木の1本もなく、所々に枯れた芽が茂っている。禿山の頂上で子供達が私に向かって叫んでいる。

頂上に登ると、一面、青々と生い茂る牧草が風に吹かれてうねっていた。それは荒々しい波のようだった。大海原を2匹は駆けに駆けた。バックはカモシカのように、ペリーは洗い熊のように。

ある朝には、牧場の西の小高い雑木林に登った。てっぺんの近くにさしかかると、道の西側の視界をさえぎっていた林がとぎれ、目の前に白っぽい青空が現れた。足元から数十メートル下の岩場へと、険しい坂が一気にかけ下りている。岩場に何やら黒いものがチラリと動いた。あっという間もなく、バックは崖に身を投じ、スルスルと下っていった。次の瞬間には、はるか下の岩場をかけていた。カラスがバタバタと岩場を離れ、悠然と飛び去っていった。

散歩のあとの日課は乳しぼりだった。山には今が盛りの雌山羊の花子と、生後1ヶ月ほどの子山羊がいた。雄山羊の太郎は、1ヶ月ほど前の雪の朝、病死した。

小屋から花子を追いだし、そばの栗の木につないだ。後足の間に鍋を置き、パンパン張った両方のおっぱいを、両手で包み込みようにして握り、上から下へとしぼりこんでいく。真白な乳が勢いよく乳首から鍋へと線を描き、鍋の底でジュージューと音をたて、やがて柔らかな泡が鍋いっぱいに広がり、ふくれあがっていく。

突然、いつのまにか近くに来ていたバックが、唸り声をあげて花子に襲いかかった。彼女は鋭く頭突きをくらわせようとした。どなり声をあげバックを引き離した時には、鍋はひっくり返り、山の土がミルクを吸い込んでいた。

次は鶏の餌やりだった。米ヌカと青菜、魚のアラ、カキガラを入れたバケツをさげて、栗山に散在する4つの小屋まで運ぶ。(*2002年現在は12小屋)戸をあけると、鶏達がゾロゾロと出てきて、ようやくわずかに顔を見せ始めた草をつつき、落葉を引っかき回した。餌箱に餌を入れ始めると、ドヤドヤと集まってきた。

なぜか、鶏達が一斉に不安気な声をあげ始めた。バタバタと何羽かが小屋に逃げ帰ろうとした。何物かが走り込んで来た。今度もバックだった。大声で彼を叱っても、鶏を追うのをやめない。必死に走って、ようやく彼をとりおさえた。

結局、朝の仕事の時には、彼等を山小屋にとじこめねばならなかった。

一仕事終えた後の朝食は、小麦粉と山羊乳と卵をこね合わせて、薪ストーブの上で、ホットケーキを焼く。それに山羊乳のヨーグルト、ホーレン草のおひたしなど。

バックとペリーは、ストーブから少し離れてすわり、こんがりと焼けるケーキを、じっとみつめている。2匹の熱い眼差しを無視できるほど私達が非情でないことは言うまでもない。たいてい、最後の1枚の半分ずつが、彼等に分け与えられることになった。

3月も終わりに近付いたある朝、例の牧場の近くで、玄一がツクシを見付けた。どことなく頼り無げでユーモラスなその姿が、あちこちにヒョコヒョコと立っている。ここらあたりでは、四季折々の適期をはずさず、山菜野草を求めて山歩きする人が多い。こんなにたくさんの背の高いツクシがあるということは、どうやら誰もこの場所に気付いていないらしい。

この時期、私達百姓は、春夏野菜の種まき、植え付けに追われる。バレイショ、人参、ゴボウ、小松菜、レタス、ネギ、等々。ナス、ピーマン、キウリ等の苗もぐんぐんと育つ。野や畑の黒い土の中から浮かんだ雑草達の緑の粒は、みるみるうちに瑞々しい若葉へと成長し、一面を伸びやかに覆う。

やがて桜が、スモモが、桃が開花する。私には、桜の花は春の訪れというより、冬の終わりを告げているように思えてならない。雪の透徹と妖艶(ようえん)とを、これほど見事に兼ね備えた花を、私は他に知らない。

花々は散り、春は走り始める。夏を思わせる強烈な日差しの下、木々の枝という枝に、新緑が吹き出てくる。空っぽだった山の至る所から緑の点が浮かび上がる。無数の緑の点が、まるで吹雪のように、山じゅうを吹き抜ける。

この続きは、以下の石風社のコラムにて連載しています♪

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