第1回  消えたモチ

やまの暮らし 

第1回 「消えたモチ」(1996年2月原稿)

ある年のこと、元旦を博多の実家でぬくぬくと過ごし、2日の昼過ぎ、山に帰ってきた。  野枝(のえ)(9才)と玄一(げんいち)(7才)は、さっそくお年玉で買い集めたマンガを読み始めた。竜太(りょうた) (4才)は外をうろついて、もう泥だらけだ。妻と私はひきつったような険しい顔をして、土間に突っ立っていた。なにしろ寒いのだ。

わがすみかは、あちこちから拾い集めた材料で私が建てた広さ40坪ほどの堀立小屋だ。至る所、すき間だらけで、時には雪まで降り込んでくる。おまけにだだっ広い土間、高い天井、屋根はトタンである。まさにストレートに寒さが襲い掛かってくる。

土間の中ほどに、鉄製の薪ストーブが据えられている。だがその横の薪置き場は空に近い。とにかくまず薪拾いから始めるしかない。

山小屋のすぐ上に、20アールほどの、ホウレン草、人参、白菜、大根、チンゲン菜等々の畑が広がる。農薬は使わない。肥料は自家製の鶏糞と木灰、それに半年から一年、野ツボ(・・・)に寝かせた人糞を使う。畑の上は50アールほどの栗山だ。そのあちこちに鶏小屋がある。時折、彼女たちを山に放す。エサは米ヌカが主だ。

週に1度、これらの野菜と卵を軽トラックに積んで売って回る。わずかなものだが、わが家にとっては、貴重な現金収入である。(注:2002年現在は週3回配達をしています)

さて、前年の春、切り倒して山に放っておいた栗の木を、両うでにかかえこんで山小屋まで引きずり下ろした。2,3回往復するうちに、ようやく体全体が暖まってくる。冷たく澄んだ空気が心地良い。小鳥たちが元気に飛びかっている。

夕方、そして夜と、寒さはいっそうきびしいものになる。小屋全体が凍りついて、ミシミシと音をたてているような気さえする。早々に寒々とした夕飯を終え、ふとんの中にもぐり込む。うつらうつらと暖かい眠りの中に溶け込もうとしていた時、車の音が耳に入ってきた。音は大きくなり、静まりかえった山じゅうに響きわたった。

宗像のTさんだった。うちまで車で2時間かかる。私は寒さにふるえて服をつけ、土間に下りて、ストーブをガンガンパチパチと燃やし始めた。こうなったら今夜はお祭りだ。

彼は大きなコンテナを抱えて土間に入ってきた。いつものように軽装で、素足にサンダルを引っかけていた。顔いっぱいにいたずらっ子のような笑みを浮かべている。目は鋭く澄んでいる。

コンテナの中はまだ幼い竹の子だった。この時期、地中に潜んでいるこれらを、彼は常人にはない鋭い勘で見つけることができるらしい。さっそく皮をむき、さっとゆでて、輪切りにしてそのまま食べた。ほんのりと栗のように甘い。さくさくっとやわらかな歯ざわり、口いっぱいに初々しい山の香が広がっていく。

酒を温め、くみ交わす。パチッパチッと勢いよく火の粉が飛び、真紅の炎が大きくゆらめいている。ゴボウ、人参、鶏肉などの入ったガメ煮の鍋をストーブにかけた。

妻もだいぶ元気になってきた。子供達も土間に揃った。上の室からモチを持ってきて、ストーブの上にのせた。暮れに博多の姉の所に出かけて、1日がかりで、ウスとキネでついたものだ。かなりの重労働だった。

山の夜は深まっていく。ひたひたと暗い冷たさが小屋を取り囲む。ストーブの周りだけは明るかった。春のように暖かだった。

夜もすっかりふけて、Tさんは帰って行った。山は完全に静まりかえった。

明け方、夢うつつの中で、何やら引きずるような音が聞こえてくる。タンスか、それともステレオの裏か、なにしろわが家はすき間だらけで、ネズミ達は自由自在に出入りできる。ガサゴソと音が続く中、私は再び眠りの中に入りこんでいった。

すっかり明けて、起きて出て、ぞう煮を作り始めた。わが家では、鶏肉とコンブとスルメでだしを取る。具はモチとカマボコとカツオ菜である。

玄一にモチを取りにやらせた。モチはステレオの上のもろぶた2枚にぎっしりつまっている。「お父さん、モチどこにあると?」と玄一。「そげなことわかっとろうが」と、私はどなりながら上にあがった。

もろぶたの中にモチはない。「お母さん、モチばどこになおしたとね?」「何言ってんの、何もしとらんとよ」「エッ・・・」と、私はしばし絶句。我に返って、もう一度、もろぶたの中を見た。何度見ても、モチひとつない。昨晩までは確かにあった。

ひょっとしたらネズミの仕業かもしれない。明け方の夢うつつに聞いたあの音はモチを運ぶ音だったのかもしれない。ステレオをどけ、タンスをずらし、室の隅々を探した。だがどこにもない。

私たちは、キツネならぬネズミにつままれたような思いで、悄然とモチなしのぞう煮をすすった。さすがの子供達もがっかりして声が出ない。わが家にとって、モチは貴重な食糧であるばかりか、子供達のかけがえのないおやつなのだ。ああ・・・。

その夜のこと、私の枕元から、ネズミ達がズルズルとモチを運ぶらしき音と、カリコリといういかにもうまそうにモチをかじるらしき音が聞こえてきた。私はくやしさ切なさに思わず涙した。このままではすまさぬぞとギリギリと歯がみした。

明けて4日の朝、家族あげての大捜索開始。室じゅうの物を外に出した。タンスの中、ステレオの奥をしらみつぶしに捜した。壁もたたいてみた。だがどこにもない。もう外のネズミ達のすみかか、それとも彼等の胃袋の中か・・・。

ふと私は、タンスの足元に目を止めた。タンスを乗せる台がある。それは木製の深さ10センチ弱の箱のようなものだ。当然、空洞があるはずだ。私は急いでタンスを引き上げ、台の中をのぞき込んだ。あった。ゴロゴロとたくさんのモチがころがっている。私の歓声に、妻も子供達も集まってきた。モチを見たみんなの顔がいきいきと輝いている。

私達は、モチ奪還を祝うためストーブを囲んだ。埃にまみれ、何やらネズミくさいモチを水洗いし、熱湯消毒して、ストーブの上に乗せた。

いつのまにか雪がふり始め、外はもう白1色に埋まっている。一面灰色の空から、切れ間なく雪が舞い降りてくる。遠くの山々は姿を消し、近くの杉山もボーとかすんでいる。

私は雪見酒と称して、とくとくと湯飲みに冷酒を注ぎ、ふりしきる雪を窓ごしにながめながら、ゆっくりと口にふくんだ。

こんがりと焼けたモチを、私達は存分にかみしめて、しっかりと食べた。何やらこくが増したような気がした。

あれから、すでに10年余りの歳月が流れた。子供達は見違えるほどに成長し、その分、私達は年を取った。

だが、私達の山のくらしは、ほとんど変わっていない。堀立小屋も土間も薪の火も、そしてすき間風もネズミ達も健在である。

つづく

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